暑い、熱い24時間リレーマラソン2010in舞洲が終わりました。
今回の目標は「気持ちよく24時間走りきる」。
タイムや周回数ではなく、24時間故障なしに走りきることが目標だったのですが、開始5時間でまず左膝に激痛が走りました。6時間後には左を庇った右にさらに強い激痛が。着地するたびに飛び上がるほどの激痛に襲われました。過去2回出場しているこのレース。コース内でしゃがみこんだのは初めての経験でした。
それでも1周1.7kmのコースを一人でたすきを通過させなければチームは失格。先に進むしかありません。
歩くことが精一杯で、ひたすら歩いた3周回。チームメンバーやリーダーはパスやリタイヤも薦めてくれました。でも休んだら次も休みたくなるだろうし、リタイヤしてしまったら感動のエンディングは後悔で迎えることになることを知っていました。過去2回のレース、いつも苦しい、痛い思いをしながらも、それでも毎回エントリーするのはエンディングの感動を知っているからなのです。
日が落ちて、痛みは増すばかり。おまけに冷えと湿気が疲れた体をさらに痛めつけます。椅子の上に置いた乾いたTシャツがたった30分で重たく感じるほどの湿気を含む夜。こんな寒いレースの夜も初めてでした。いくら着込んだところでその着こんだものがどんどんと湿気を吸収し、その湿気が気化熱で体温を奪っていく。気力までも奪われる気分でした。
朝4時過ぎに東の空がうっすら明るくなり、日が昇ると隣の椅子で寝ていたチームメンバーがポツリ「太陽ってすごいね」。
うん、ホントすごいと思いました。熱を与え、湿気を乾燥させる。太陽のチカラを感じました。
朝6時。残り時間はあと6時間。やっと終わりが見えてきました。このくらいから周りのメンバーの様子が見られる気持ちの余裕が出てきました。何が何でも最後まで抜けないぞ。そう思って出たコース。
中継地点から丘を駆け上がり見上げると雲ひとつない真っ青な広い夏空。丘中央の中洲部分まで行くと給水ポイントが2箇所。一箇所は飲料水、もう一箇所はシャワー。この霧のシャワーをくぐった瞬間、濡れたアスファルトに、自分を中心に虹の輪が。歩数にしてたった3歩だけ。アタシの歩調に合わせて虹の輪が動く風景。生まれて初めて見ました。
アタシのラストランは11時05分出発。1.7kmは歩くとちょうど20分。チームメンバーはそれを予測して次のランナーを中継地点に送り届けます。……歩けば、だったのです。
誰も、アタシ自身も走れるだなんて思ってなかったんです。
でも最後に完全燃焼したかったんです。激痛が走ろうとも足を引きずろうとも、これでこのレースも走ること自体からも引退になってもいい、走ってやろうと思いました。
なぜでしょう?さっきまで着地するたびに激痛が走っていた膝が軽い違和感のみになっていました。走れる?本当に?
第一の関門。中継地点を抜けてすぐにある湿った土の登り斜面。足場が悪くそこそこの勾配。いつもこの勾配で痛みに耐え切れず歩き出していました。坂の途中や登りきったところで痛みに耐え切れず何回もしゃがみこんだ斜面。恐る恐る歩を進める。登れた?!
そこからアスファルトの道に入る。先ほどより少し緩やかな登り斜面。それを通過し、曲がると虹の輪が。
たった1秒しか見えない奇跡のような光景。虹の上を歩いているような錯覚を覚える風景でした。
長い海沿いのコースを折り返し、給水ポイントの前に派手なシャツを着たおじさんが。
このおじさん、実は夜明け前からずっとそこに座って笑顔でランナー一人一人に「がんばれ!後○時間だ」と応援してくれてました。何度も何度もそのおじさんの前を歩いて通過していたアタシ。おじさんは覚えていてくれたようです。「よし!走れる!もうちょっとだ!」今までで一番の笑顔で声をかけてくれました。
そこから先、フェンス沿いの道はすでにエンディングを迎えようと多くの人が応援に集まっているエリア。数え切れない人数の人々に一人一人にハイタッチをしながら走り抜ける。そう、この感動が忘れられず、毎回エントリーするのです。最後まで走らなければこの「会場が一体化する瞬間」を味わえないのです。
ついついハイペースで最後のカーブを曲がり、中継地点へ。これでアタシのレースも終わりかと思ったら
なんと早く帰りすぎて次の走者がいませんでした(汗
仕方がないので、もう一周。(書くのがめんどくさいので数行前の「アタシのラストランは……」から読み返してください)
無事チーム全員で完走をした2010。
今年は3チーム26ランナー、サポーターを含めると73人での参加でした。
最後の挨拶でチームリーダーは「来年もこのメンバーから声をかけます。ぜひまた走りましょう」と。
また来年も暑い・痛い・熱い夏になりそうです。